今日も終日お寺めぐり

町田暮歩のお寺探訪記。お寺参りはこんなに楽しい!

女人高野でうつむいた ― 室生寺 ―



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初秋のこと

少し憂鬱な気分でバスに揺られていました。窓から見える室生川の水がきれいです。私が室生寺に参詣する時はいつも雨でしたから、室生川の澄んだ流れを見るのは初めて。
秋は水澄む季節。これが今年最初の秋のお寺参りです。

室生寺では劣化のはげしくなってきた仏像を保護するために寶物殿が新設されました。この春開館の予定でしたが、新型肺炎の影響で9月まで延期になっていました。お堂に安置されていた時には遠くてはっきり見えなかった仏像が、照明の下、間近に拝見できるようになったわけです。一方、室生寺の仏像はお堂と強く一体となって印象づけられた御像でした。私は期待半分不安半分、早く新しい寶物殿の様子を確かめたくて、お寺へと向かいました。

真言宗室生派大本山 室生寺。奈良から三重へと続く山中に建つ古刹。
女人禁制だった真言宗の総本山 高野山金剛峰寺に対し、女性の参詣が許された室生寺は「女人高野」とよばれ、多くの女性の信仰を集めました。
写真家 土門拳をはじめ多くの人を魅了してきた名刹です。

近鉄室生口大野駅で降り、そこからバスに乗って十五分。バス停から室生川に沿う道を少し上り、風情ある朱塗りの太鼓橋を渡れば、室生寺の境内に入ります。

鬱蒼とした杉木立に囲まれて、初秋の山寺の空気は清々しい。

拝観受付では寶物殿の入場券が配られました。新型肺炎感染防止の為、入場者数が制限されています。次の入場は11時から。あと10分ほどなので入口に並んで待つことにしました。
一回の拝観時間は20分。私の他に15人ほどの参拝者がいます。

時間になり、連れ立って入館。
展示は二階。ガラス越しに並ぶのは、地蔵菩薩・十一面観音・釈迦如来坐像、それから十二神将のうち 辰神・未神・巳神・酉神・卯神・寅神の6体。

室生寺の十二神将は以前奈良国立博物館でも展示されていましたから、それほど違和感もありません。表現豊かでユーモラスなポーズ、かつ精密な描写の室生寺十二神将はとても有名な仏像。じっくり間近に鑑賞できるのは嬉しい。地蔵菩薩も重要文化財の美しい仏像。

そして中央に安置された十一面観音は、室生寺のそうそうたる仏像群の中でも代表的存在です。
女性らしいふっくらしたほほの童顔に、彩色も鮮やかに残る優美な観音菩薩。この観音さまに心惹かれる人はとても多いのです。私も観音さまがまだ金堂におわした時、そのお姿に魅了されました。
今ガラス越しに間近に拝見すると、静かで理知的な眼差しはずっと遠くを見つめているようで、やはり薄暗いお堂で離れて拝むのにふさわしい御像のように感じました。
とはいえ、「開け放たれたお堂の中朽ちていく姿も菩薩の教え」とまでは割り切れません。

右奥におわすのは、もと弥勒堂の釈迦如来坐像、平安時代初期の作、国宝。
仏像は目鼻も耳も口も体も人間とほとんど同じ形をしています。にもかかわらず、人とはどこか違っている。仏は人間を超越した人間。その中でも、人にとても近い仏像と、明らかに違っていると感じる仏像があります。この釈迦如来は後者のほうで、弥勒堂におわした頃初めて拝見して、その人間のようでいて人間離れした、秘密めいて穏やかなお顔に心をとらわれ、ずいぶん長い間手を合わせていたことを思い出します。

このお像は「釈迦如来座像」となっていますが、当初は弥勒如来としてつくられたのではないかとも考えられています。弥勒如来とは、五十六億七千万年の後にこの世界に降り立って世を治めるといわれる仏です。
私はこのお像が弥勒如来であるように感じます。そういう深遠な力というか、未知のエネルギーを秘めているように見えます。

ほの暗い弥勒堂から移動した仏さま。今は新しい室内のガラスの中、明るい照明に照らされています。

一通り見学した他の参詣者は次々に退室します。とうとう部屋には私一人になりました。

私は釈迦如来像の前にしゃがみ込み、手を合わせ、見入っていました。おそらくこの仏さまは、例えもっと場違いな所にふいに置かれていたとしても、強く人を惹きつける力を失わないのでしょう。

「そろそろお時間です。」

係の方の声で我に返り、あわてて退出。

20分の拝観、それも最初の10分くらいは人が多い中ですから、やっぱり短い。けれど今は仕方がないことです。

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金堂へと続く石段は鎧坂と呼ばれます。その下に立って見上げる。室生寺の中で私が一番好きな光景です。しかし晴れた日の乾いた石段は、雨にしっとり濡れた日の情緒には及びません。

金堂の釈迦如来立像・十二神将、弥勒堂の弥勒菩薩、日本三如意輪の一つに数えられる本堂の如意輪観音など、室生寺には高名な仏像がたくさんあります。それらを一つ一つじっくり拝見して感慨にふける心の容量はもうなくて、とにかく一巡するのが精一杯。ただ十一面観音のいない金堂は、やっぱり寂しいと思いました。

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奥ノ院へと続く長い石段のふもとに、これもまた大変有名な五重塔が建っています。屋外にある五重塔の中で最も小さいものなのだそう。
奥ノ院への石段を少し上ると小さな祠があって、中に石のお薬師様がいらっしゃいます。そこで手を合わせて、振り返り、五重塔を眺める。
小作りの精巧な塔は、ここからとても綺麗に見えます。

参拝を終えて帰りのバスまでずいぶん時間が余り、川辺に降りることができるところで石に腰かけ、しばらくぼーっと水の流れるのを見ていました。

秋の水。何かの稚魚が群れになって泳いでいます。小さなハゼのような魚は石にへばりついています。石の隙間でちっちゃい枯葉がヒラヒラゆれると思ったら、それはヤゴの抜け殻でした。

水の中で暮らしていたヤゴが、ある日トンボになって空での暮らしを始める。それは大きな飛躍のように思われますが、水澄み、空気も澄み、羽さえ手に入れれば、それほど変わったつもりもないのでしょうか。

 

― 今日の一冊 ― 

百寺巡礼 第一巻 奈良 (講談社文庫)

百寺巡礼 第一巻 奈良 (講談社文庫)

  • 作者:五木 寛之
  • 発売日: 2008/09/12
  • メディア: 文庫